神話と象徴

神道のシンボル、正方形、円、三角形

円、正方形、三角形と太陽、月や星(D. ストルシアス·
フォン·シュトルツェンベルク作、フランクフルト、1624年)















このウェブサイトは、日本文化における「プレゼンス」 の象徴について紹介することを目的としている。「プレゼンス」 とは人間が常に持っていると思われる、けれども実は欠けている自己意識の状態である。人間の日常生活は夢のようなものである。 

生命の現象は「夢」、「幻想」、「気泡」、または「影」 のようなものである。または「露の滴」、や「雷の点滅」のようなものである。生命の現象はこのようにみなされるべきである。-- 般若経

自己意識の状態とそれに到達する道は、世界のすべての秘教的伝統によって作られた多くの芸術作品、神話、象徴、経典の対象ですある。 それらを制作された人々が世界から消えてしまい、秘教的な伝統が宗教に発達することにつれて、これらの作品の内的な意味が失われる。なぜならば、真の自己を指す象徴を理解するためには、識別する能力と真の自己を知る必要がある。

優れた医者が、他人には雑草しか見えないような道端を見れば、そこに育つ草木が医薬に見える。宝石を知る人なら、他人には岩や石しか見えない場所に宝石を見る… ある文章の背景が顕教的であるか、密教的であるかは、読者の識別力に左右される。それはその文の音や文字が問題なのではない。 -- 空海
仏陀の経典には無数の隠喩が隠されている。死すべき運命の人間には浅はかな心しかないために、何一つ深いものを理解することはありません。-- 達磨、中国禅宗の開祖

新しい秘教的な伝統または意識的なスクールが現れると、その参入者の意識を高める以外の課題は神話や経典の内的な意味を復元することである。

宮本武蔵、侍、作家や画家

本来の霊感が模倣にすり替わった際に起こる、文字通りの理解と象徴的な理解の混同は、既成の宗教に特有の問題である。このため、経典における象徴的な意味の啓示や、神話から心理学知識への復元は、禅の本来の教えがもつ特質の一つである。意味のこのような内面化は、あらゆる芸術における禅的な表現への鍵である。
-- 沢庵禅師
秘教は時の流れとともに必然的に沈下、退化し、それによって秘教を推進する力に絶え間なく新しい生命を吹き込み、新たに定義しなおす必要が生じてくるのである。-- アレックス・ホーン (20世紀の第四の道の師匠)


このウェブサイトは、日本の文化における日本の象徴、神話、聖書、祭りや習慣を「人間に可能な進化の心理学」に復元することを目的としている。 「人間に可能な進化の心理学」は、人間が自分の人生を費やす睡眠の状態から神聖になるプレゼンスの状態に目覚めることを意味する。 言い換えれば、人間の意識の進化または発展、または真の自己の目覚めを意味する。

もし私たちは、人間が眠っていて、彼の行動のすべては睡眠の状態の中に行い、そして彼が眠っていることを知らないということを気づけば、人々の全面的な不条理とすべての矛盾が説明される。--ウスペンスキー(20世紀の第四の道の教師『人間に可能な進化の心理学』

人面に第三の眼、体に6つの眼を持つ神話的な動物 (東京、五百羅漢寺)

有翼のナシアン/アポロの聖所、紀元前約560年
ギリシア、デルフィ博物館)





















神話と象徴は意識的スクールが残した遺産の一部である。神話と象徴を理解するために、これらを新しい方法で見る必要がある。日常的な状況に対処したり、複雑な問題を解決する際に知性は有用であり、また必要でもある。しかしスピリチュアルな問題については不十分である。プレゼンスの意識状態を経験して、高次の自己が目覚めているとき、人は言葉を介さずに意味を直接に知覚する。

神話や象徴の目的は、人間の高次センターに達することで、知性には理解しえない概念を、誤った解釈の可能性を排除した形で伝えることにある。-- G. I. グルジェフ(20世紀第四の道の神秘思想家)
象徴の理解は高次の機能にのみ可能である。論理的な思考方法など、通常の機能を使って象徴の理解に取り組んだ場合、常にある種の当惑、さらには欲求不満すら感じることだろう。-- ロドニー・コリン(20世紀第四の道の神秘思想家)

上記の「通常の機能」とは、低次の自己による4つの低次の機能または低次のセンター を指している。「高次の機能」とは高次の自己が有する機能を指している。神話、象徴、および儀式には、高次の自己を覚醒させる道についての知識が内包されているのである。それらの内的な意味が次第に失われるにしたがい、宗教が発展することになる。宗教においては、その外的な意味だけが実践され、意識的なスクールは存在しなくなるのである。何世紀にもわたる時の経過とともに、一部の象徴と儀式は宗教が発展した土壌となった文化にも入り込んでいく。そしてひとたび内的な意味が理解されなくなると、高次の自己の覚醒についての新たな教えが発生するが、この教えも新たな神話と象徴を有する新たな宗教へと次第に発展してゆくのである。しかし、その「内的な意味」は常に同一である。

「すべての宗教は一つである」と描いてある
ウィリアム・ブレイクの絵

道教、仏教と儒教は三教であるかもしれないが、道は最終的に一つなのでしょうか?-- 「悟真篇」の前書き、張伯端(12世紀の道士)
神を達成している人に求めなさい、皆が同じ言葉を話す。すべての聖人たちの思いは一つである。道の途中の人々は多様な道を辿る。すべての悟りを開いた人は一つのメッセージを残し、旅の途中の人々に限って多様な意見を持っている。-- ダード(16世紀のインドの聖者)
階層構造は一つであり、すべての宗教の秘教的な側面は、それによって開始された。 私たちの時代のウスペンスキーとグルジェフを介して始動した偉大な実験もそうであるように。-- ロドニー・コリン(20世紀第四の道の神秘思想家)


あらゆる宗教、あらゆる歌、一つの曲。
その違いはただ幻想と虚栄である。
日の光は、この壁とその壁では少し違って見えて、
またほかの壁では全く違って見える。
しかし、それはやはり同じ一つの光である。
-- ルーミー (13世紀、スーフィーのマスター、神秘詩人)

このウェブサイトではまた他の秘教的な伝統からの象徴の例を数多く示している。これらの象徴の例には、日本における秘教伝統で見うけられる象徴と同一の「内的な意味」が秘められているのである。

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「第四の道と秘教的な伝統」⎟ 「西遊記」⎟ 「神聖なるプレゼンスの技術」


英語: The Secret of the Golden Flower ⎟ The Taoist I Ching ⎟ Being Present First


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